【ドラマ】セス・マクファーレン『テッド ザ・シリーズ』(2024〜2026)

ドラマ

こんにちは、みぎです。

ずっと映画の感想を書いてきましたが

今回はドラマ『テッド ザ・シリーズ』(2024〜2026年)について書いていきたいと思います!

2013年に日本でも有吉弘行の吹替が話題となり大ヒットした『テッド』シリーズのドラマ版です。

ドラマが作られていたのご存知でしたか?

映画をドラマでリメイクしたのではなく、

主人公ジョン(映画ではマーク・ウォールバーグ)とテッド(セス・マクファーレン)の

高校時代を描きます。

2シーズン、全16話で気軽に見れますよ。

監督・脚本は映画に引き続き全話セス・マフファーレンが担当しています。

2012年と2015年に公開された長編映画「テッド」の前日譚。命が宿ったテディベアのテッドが世界的な人気を得てから8年後、1993年のアメリカを舞台に、テッドと親友のジョン、その家族たちを描いたコメディ。映画版に続きセス・マクファーレンがテッドの声を務め、脚本、制作総指揮を兼ねた。

引用:映画.com

【TSUTAYA DISCAS】DVDレンタル

以下ネタバレあり感想

『テッド』ってこんな内容だっけ?

『テッド』というと可愛い見た目のクマのぬいぐるみというのに反して、

ポップカルチャーネタを詰め込んで下ネタばかりで

ひたすら下品なコメディというイメージでした(実際そう)。

映画でいうとケビン・スミスのスラッカー映画

(マリファナを吸ってぐうたらしている人の映画)や

下品で低俗だけどハートフル、そして不謹慎とも言えるファレリー兄弟の映画、

年を重ねても社会に出て大人になることができない男を描いた

ジャド・アパトー映画の系譜なのかなと思っていました。

同じジャンルもずっと同じようには作っていくのは難しく、

変わっていくのは常です。

映画版ではクマのぬいぐるみというキャッチーなアイコンがありつつも、

特に1作目はジャド・アパトー映画とテーマか共通しています。

そこに生きたぬいぐるみとの友情という

なんとなくアンブリン映画のような味わいもあるのが特徴。

変わってきたのは2作目『テッド2』(2015年)でしょうか。

『テッド2』でも1作目と同じノリです。

そして変化球なのでしょうか、

ぬいぐるみテッドの人権の話になっているのです。

生物ではなく、工場で作られたぬいぐるみに魂はあるのか、

彼に人権はあるのか、

生殖のできない彼に養子を迎えさせてもいいのかをめぐる裁判が描かれます。

もちろんすごく下品です。

たしかにぬいぐるみの人権というテーマはとてもキャッチーで

続編として目を惹く内容です。

そしてこれはアメリカ先住民への支配をめぐるバリャドリッド論争や

黒人奴隷の人権をめぐるドレッド・スコット対サンフォード事件を思わせます。

もちろんすごく下品です。

ではドラマ『テッド ザ・シリーズ』の何に驚いたかというと、

映画版に比べてより現代的な視点で価値観や倫理をめぐる内容になっていたことです。

それは主人公ジョン(マックス・バークホルダー)が高校生ということもあり、

2000年代アメリカコメディ的な「大人になりきれない成人男性」という要素がなくなり

主人公ジョン(マックス・バークホルダー)を守るべきものとして

描いている点が大きいように思えます。

映画版と同様に、ジョン(マックス・バークホルダー)は

テッド(セス・マフファーレン)と一緒に下品で馬鹿げたことをします。

高校生になっと年頃ということでドラッグもアダルトビデオも初めて経験します。

それをジョン(マックス・バークホルダー)の家に居候している

従姉のブレア(ジョルジア・ウィッガム)が毎度阻止しようとしたり、

止められなかっとことや悪事に巻き込んだことに

後悔し責任を感じるというシーンが何度も登場する点が印象的です。

未成年は守る対象であり、

大人は未成年に対して責任があるというメッセージがあるように感じます。

従姉は責任感があるがジョン(マックス・バークホルダー)の両親はどうなのでしょうか。

ドラマは90年代のマサチューセッツ州を舞台にしており、

ジョン(マックス・バークホルダー)の家は低所得でカトリックで非常に保守的です。

父のマット(スコット・グライムス)はベトナム帰還兵であり、水管工をしており、

口を開けば差別発言をします。

母のスーザン(アラナ・ユーバック)は思いやりのある専業主婦で信心深く熱心なカトリック教徒です。

保守的な家族に染まらないように従姉が諌める中、

まだ染まりきっていないジョン(マックス・バークホルダー)は青春を過ごしていくという構図なのです。

私が印象に残ったエピソードをいくつかあげます。

【ジェンダー規範の呪縛】

ジョン(マックス・バークホルダー)が通う高校の教員に欠員が出て、

昔教師を目指していた母スーザン(アラナ・ユーバック)を推薦するという話。

従姉ブレア(ジョルジア・ウィッガム)は応援し、

父マット(スコット・グライムス)は家事をする人がいなくなると反対します。

実際に教員になったもののスーザン(アラナ・ユーバック)は一日で辞めてしまいます。

教員がハードだったというよりも、

家庭で主婦をすることが自分に一番合っているというのです。

自己実現よりも家庭に奉仕することを積極的に選んでしまうという

昔ながらの価値観に縛られていることを象徴しています。

【男性性の呪縛とケア】

普段から大声で話し、すぐに怒鳴り、差別をして、

「男性的な強さ」に執着する父マット(スコット・グライムス)ですが、

子供の頃に遊んでいたおもちゃのダンプカー デニスを処分することはできません。

デニスを教会に寄付すると聞くと、意地を張って「今からデニスで遊ぶ」と言い張り、

実際にダンプカーのおもちゃで遊び始めます。

普段「男らしさ」に固執するマット(スコット・グライムス)が

子供のように遊ぶのです。

マット(スコット・グライムス)は普段の差別的発言を注意され、

家庭に味方がいないように感じます。

クリスマスの夜に星に願うと、

テッド同様子供の頃に遊んでいたダンプカーのおもちゃデニスに命が宿ります。

そしてデニスはしゃべって動くようになり、

マット(スコット・グライムス)の味方になるのです。

家の中に味方を得たマット(スコット・グライムス)は

デニスと地下室に籠るようになりビール片手にテレビを見るのです。

ただ問題はデニスはマット(スコット・グライムス)に輪をかけて差別的で下品ということでした。

そして家族のためにマット(スコット・グライムス)は

デニスに家から出て行ってもらうことを決断するのでした。

大の大人が子供の頃のお気に入りのおもちゃを手放せないということを描き、

それを再び親友にして、家族のためなら、親友と訣別するという

男性性の解体と成長を同時に描いています。

そしてデニスがなぜそんなに差別出来なのかの理由も、

自身がゲイでありそれを表に出せないから攻撃的になっていたのです。

マーティン・マクドナーの映画かよ…。

【リプロダクティブ・ライツ】

従姉ブレア(ジョルジア・ウィッガム)はパンセクシュアルで、

マット(スコット・グライムス)とスーザン(アラナ・ユーバック)からは

レズビアンだと思われセクシュアリティを理解されません。

そんな彼女が思いがけず妊娠してしまいます。

カトリックであるスーザン(アラナ・ユーバック)は

異性と関係を持ったことに喜び、

マット(スコット・グライムス)と一緒に何がなんでも生むように強く主張します。

中絶を望むブレア(ジョルジア・ウィッガム)に対して、

スーザン(アラナ・ユーバック)は「(中絶するかどうか)みんなで決めましょ」と言うと

「私の子宮で民主主義しないで!これは私の体なんだよ」と返します。

とても強烈なセリフです。

中絶するかどうかは本人の問題であり、周囲が決めることではありません。

みんなで決める、話し合い、というととても民主的な気さえしますが、

個人の問題を周りが決めるのは全く民主的ではありません。

中絶に対する論争の簡単な答えのような気もします。

そしてジョン(マックス・バークホルダー)とテッド(セス・マクファーレン)は

世話になっているブレア(ジョルジア・ウィッガム)の身代わりになり

クリニックの前で中絶反対派に襲われます。

【差別する人】

心筋梗塞を患った父マット(スコット・グライムス)は

血圧が上がるようなことを控えるよう言われます。

テレビを見るだけで人種問題に怒り、

新聞を見て怒り…という毎日。

一系を案じたジョン(マックス・バークホルダー)は

新聞を自作、

テレビの回線を切断し、自作したニュース番組のテープを見せませす。

出来はどうあれ器用にこなすジョン(マックス・バークホルダー)はすごいです。

そしてその内容はO・J・シンプソン有罪(この時の刑事裁判では無罪)や

アフリカの飢餓は自分で解決できる、

ヒラリー・クリントンは男、など小学生が考えたような出鱈目が並びます。

アホの『グッバイ、レーニン!』(2002年)か。

しかし、そのニュースを読んでマット(スコット・グライムス)は気分良く回復していくのです。

差別主義者は荒唐無稽な嘘で満足してしまう気の抜ける話です…。

こんな感じで、現代のアメリカ社会の批評を

各話でさまざまな形で描かれています。

その間、ジョン(マックス・バークホルダー)もテッド(セス・マクファーレン)も

大して教訓を得るでもなく、大きく成長するでもなく、

下品に日々を過ごします。

映画版同様下品さが突き抜けているので、

この社会批評が結果的に霞んで、下品さが勝っている気がします。

志の高い作品を見た気はしません。

10年前の映画を今もう一度描く中で

下品な印象は変えずに、こうも踏み込んだ内容にできるのかと驚きました。

高校生のジョン役のマックス・バークホルダーはちゃんと成人しているようで安心しました笑

この作品でも特筆すべきキャラクターは

母スーザン(アラナ・ユーバック)だと思います。

とても保守的であり自分の考えを大きく変えることはありませんが、

強い共感力でどの立場にいる人にも寄り添うことができます。

価値観と同じくらい共感力は重要だと思います。

コメント

error: Content is protected !!
タイトルとURLをコピーしました