【映画】ウィリアム・H・メイシー『君が生きた証』(2014)

映画

こんにちは、みぎです。

『君が生きた証』(2014年)を見ましたよ。

なんと『ファーゴ』(1996年)などでも知られる

名優ウィリアム・H・メイシーの監督作です。

本人も脇役でちょろっと出てます。

これまで脚本に関わることはあっても

監督するのはこれが初で、

他に『ふたりのトランジット』(2017年)、

『Krystal』(2017年、日本未公開?)など

あまり知られていないですが監督業もちょくちょくされているようですね。

俳優兼監督の代表例でいうとクリント・イーストウッドがいますが、

そういうタイプのスターでなくても

ポール・ダノだったりこの人が監督するなら見たいって俳優いますよね。

ちなみにウィリアム・H・メイシーの妻フェリシティ・ハフマンも出てます。

(監督の妻が出てるってあるあるですよね、ジーナ・ローランズとか岩下志麻とか…)

「ファーゴ」「マグノリア」などで知られる名優ウィリアム・H・メイシーが初監督を務め、死んだ息子が残した楽曲を歌い継ぐ父親と、その歌に魅了されたミュージシャン志望の青年が、音楽を通じて再生し、成長していく姿を描いたドラマ。やり手の広告宣伝マンだったサムは、大学生の息子ジョシュを銃乱射事件で亡くしてしまう。会社を辞め、荒んだ生活を送っていたサムは、別れた妻から音楽好きだったジョシュが残したという歌の歌詞とデモテープを受け取る。その曲を聴き、息子のことを何も知らなかったことに気付いたサムは、ジョシュの遺品でもあるギターを手に、場末のライブバーでステージに飛び入り参加する。そんなサムの演奏を聴き、感銘を受けたロック青年のクエンティンはサムを説得し、親子ほど年の離れた2人はバンドを結成することになる。

出典:映画.com「君が生きた証」

【TSUTAYA DISCAS】DVDレンタル

以下ネタバレあり感想

これちょっとしたどんでん返し映画なんですよね。

大学の銃乱射事件で息子ジョシュを亡くしたサム(ビリー・クラダップ)は、

うまくいっていた仕事もやめて、

妻エミリー(フェリシティ・ハフマン)とも別れて独り湖のヨットで暮らす生活。

妻エミリー(フェリシティ・ハフマン)から息子の遺品を受け取ると、

そこには息子が生前作っていた自作曲を収めたCDが。

亡き息子を思い出すように残された曲をギター片手に歌うサム(ビリー・クラダップ)。

気まぐれに近所のバーのステージで歌ってみたサム(ビリー・クラダップ)に、

熱烈に感動したクエンティン(アントン・イェルチン)が一緒に音楽をやろうと持ちかけます。

強引な誘いに渋々了承し、

息子の曲を一緒に歌ってくれることに喜び、

そこに今は亡き息子の面影を感じながら音楽活動を進めていく。

息子に昔自分でプレゼントしたであろう未開封のアンプを自分で使うのも泣かせます。

バンドは「ラダーレス(舵のない船)」と名付けられ、

地元ではちょっとした人気バンドになっていく。

複雑な少年時代を過ごし、夢を見ながらドーナツ屋でバイトする

クエンティン(アントン・イェルチン)を励ましながら、

サム(ビリー・クラダップ)は久々の充実を取り戻していく。

しかし、息子の生前の恋人ケイト(セレーナ・ゴメス)は、

息子の曲を自作曲のように歌い、

亡き息子のことを忘れたかのようにライブを楽しむ

サム(ビリー・クラダップ)を非難する…というのが中盤までの内容なんです。

ここまでですと、

息子を亡くした父親の再生と疑似親子のような友情を

バンドを通して描くという王道音楽ドラマですね。

ここまでのパートがとても良くて、

このままサム(ビリー・クラダップ)が生き生きとした姿を取り戻して、

これまで報われなかったクエンティン(アントン・イェルチン)も

音楽活動で成功して貧困から脱出する姿を見てる側としては期待してしまいます。

映画本編とは関係ない話ですが、

クエンティンを演じたアントン・イェルチンが

この映画公開の2年後に若くして亡くなっており、

勝手ですが「喪った息子」感をより醸し出しているようで

「幸せになって欲しぃ~」と思いながら見ていました。

ここからがどんでん返しです。

そう息子ジョシュは銃乱射事件の犠牲者ではなく、

加害者として亡くなったのです。

見る側の善性を逆手に取った叙述トリックのような仕掛け。

実はSNSで、

「仕掛けがあってネタバレなしに感想書けない」というの見かけており、

仕掛けがるんだということは知っていたんですね。

なので最初の段階でこのどんでん返しが読めてしまっており、

ずっと「え、息子とはいえ大量殺人犯が作った歌を

そうとは知らせずにこんな純粋な若い子に歌わせていいのか?

しかも隠し続けるもんだから真実も知らずファンがどんどん増えているよ…」

と割と戸惑いながら見ていました…。

案の定、大きなイベント直前でケイト(セレーナ・ゴメス)に

事実を教えられショックを受けたバンドはライブができない状態に。

当たり前だ…。

そこからサム(ビリー・クラダップ)は贖罪と

今度こそ新しい人生を歩もうとするのでしたという流れなんです。

「息子を亡くした父親の再生と疑似親子のような友情」と思わされていた映画は、

実は「大量殺人を犯した息子の罪に時間をかけて向き合う父親の話」だったんです。

それまでサム(ビリー・クラダップ)は息子が起こした事件に一切向き合わず、

被害者遺族と会うこともしませんでした。

バンドが活動できなくなってからようやく

「息子を喪った悲しみ」から「息子が犯した罪」に目を向けることができ、

事件のあった大学の慰霊碑へと足を運ぶのです。

映画の感想ブログなのにこういうこと書くのも変なんですけど、

これ何も知らずに見た人どう感じたんだろう…・

私はこの仕掛けを予想できてしまっており、

前半の内容に感動しつつも、

後半の展開には「うん…、遅いよ…」と感じてしまいました…。

現実世界でも良くあるイメージなんですが(そういう意味ではリアル)、

妻エミリー(フェリシティ・ハフマン)は当初から事件に向き合っており、

すでに新しい人生を歩み始めているのです。

傷ましい事件で簡単には消化のできないことではありますが、

夫だけ正面から向き合わず一人で悲劇に浸っているのはなんとも言えません…。

…悲しみに向き合う中で息子の作った曲に出会えたということですね。

前半は面白かったです!

後半はわかっていた分どう受け止めたらいいかわかりません…。

落ち着いた演出いいですが、奇を衒った脚本も面白いので

機会があれば脚本を担当した

ケイシー・トゥウェンター、ジェフ・ロビソンのコンビによる

『ランニング・マン』(2013年)も見てみたいです。

コメント

error: Content is protected !!
タイトルとURLをコピーしました